見たいものが見えない生活

緑内障・黄斑変性と共生するための覚書です。

視機能を徐々に失うということ

この頃、朝起きてカレンダーの文字を見るたびに少しずつ悪くなって来ているのを感じます。錐体ジストロフィーはゆっくり進行する病気だと言うけれど、中心部で見える範囲が狭かったので、それが侵食されると一気に進んだように感じるのかもしれません。

 

視機能が衰えていくということは、単にものが見えないというだけでなく、認知機能に大きな影響を与えるようです。二人は視覚から8割の情報を得ているとも言われますが、全体的には見えていますが、高次の情報は文字から得ているらしく、文字がすらすら読めなくなってからは、内容の理解や記憶する能力が明らかに落ちました。

 

また、誰かと話しをするときも、目を見ると口元が欠け、口元を見ると目が見えず、相手の表情が全体でとらえられないので、コミュニケーションにも支障を感じるときがあります。

 

つまり、目がよく見えないということ自体よりも、それによって生じる認知機能やコミュニケーションの障害が私をへこませるのです。

 

落ち込んだ時はよく2年前に見た、ジュリアン・ムーア主演「アリスのままで」という映画を思い出します。この映画は、家族にも仕事にも恵まれた50歳の言語学の教授である主人公が、遺伝性の若年性アルツハイマーを発症し、仕事も記憶も失っていく姿を描いたもの。言語学者であるのに徐々に言葉を忘れはじめ、少しでも食い止めようと、家事の合間に言葉をメモしたり、スマホの言葉ゲームをしたりする姿が印象的です。しかし、その努力むなしく病気は進行してしまいます。病気にたいする戸惑い、恐れ、怒り、そして受容までのプロセスが描かれ映画です。

 

この映画で心が救われることはないのですが、病気は違えど、機能が衰えていくことの悲しみは感じることができます。そして、自分も日々機能が衰えていることを受け入れなければならないことも。

 

そうは言っても葛藤は続きそうです。